2025/03/06 11:14
過去20年間で宗教法人が買収された具体的な件数は公的に報告されておらず、正確な数字は不明ですが、数百から数千件程度と推定されそうです。うち外国企業や外国人に売られたのは約200件程度と推定されそうですが、実態はそれ以上の可能性も考えられそうです。文化庁の報告によれば、宗教法人の総数は近年180,000前後で推移しているようで、そのうち非活動宗教法人(1年以上宗教活動を行っていない)はおよそ4,400以上にも上り(2023年)、これらが買収の主要な対象になりうると考えられています(全体の約2%)。人口減少や宗教への関心低下により、維持が難しくなった寺院や神社が今後も増えると予想されるため、買収対象もこれに伴い増えていきそうです。
◎そもそもお寺や神社って買うことができるの?
まず、宗教法人は、非営利団体として日本で宗教活動を行うために設立されます。
買収といえば、通常は株主が所有権を移転する営利企業のケースを想像しますが、宗教法人は株を持たないため、ビジネス上の意味での買収は難しいです。ただし、責任役員を変更したり、資産を別の団体に移転したりすることで、実質的にコントロールを移すことは可能です。
<合併と資産の移転>
宗教法人は、他の宗教法人と合併したり、資産を移転したりすることは可能です。しかし、このプロセスは宗教目的に沿ったものでなければならず、利益を目的とすることは認められません。例えば、寺院や教会が別の宗教団体に合併する場合、資産は宗教活動のために使用されることが前提となります。
<非営利性の制約>
宗教法人は税制上の優遇を受けているため、資産を利益目的で売却することは法律で禁止されています。さらに宗教法人が所有する資産は、歴史的・文化的な価値を持つ場合が多く、その売却には追加の規制(例:文化財保護法)がある可能性があります。また、解散する場合も、資産は公共の利益や宗教の目的のために使用され、メンバーへの利益配分はできません。これは通常の法人(特に株式会社)が自由に売却できるのとは対照的です。
◎維持管理が難しくなったお寺や神社をいわゆる”買収”する動機は?
そもそも都市化や宗教離れで檀家制度が弱まり、維持が難しくなった寺院や神社をいわゆる”買収”する動機はどこにあるのでしょうか?もちろん本来的な宗教目的に沿っての合併や資産移転もあるでしょうが、どうやら他にも動機はあるようです。
(動機1)優遇税制の悪用
宗教法人は「宗教法人法」に基づく非営利団体であり、宗教活動に関連する収入(例:寄付、法要収入)が法人税免除される特典を受けます。税制優遇の悪用とは、この特典を宗教目的以外の営利活動に利用し、本来課税されるべき税金を回避する行為です。特に、収益事業(例:不動産賃貸、宿泊施設運営)を宗教法人名義で行い、非課税や軽減税率の恩恵を不正に受けるケースが典型的です。
●具体的な悪用形態
1. 不動産投資での悪用
宗教法人が所有する寺院や土地を、宗教活動とは無関係な不動産賃貸や売買に利用。賃貸収入や売却益が非課税とされる宗教活動収入と偽装し、税金を逃れる。
2. 商業施設運営での悪用
宗教法人名義でホテルやレストランなどの商業施設を運営し、収益を宗教活動収入として申告。これにより、通常の法人税率(約23.2%+地方税)が免除される。
3. 寄付金の偽装
投資家や関連企業から受けた資金を「寄付金」として申告し、非課税扱いにする。本来の寄付は宗教活動支援を目的とするが、実際は投資資金や利益還流の一部として利用。
4. 収益事業の隠蔽
収益事業(課税対象)からの収入を、宗教活動収入(非課税)と混同して申告。税務当局に収益事業の実態を隠し、税負担を軽減。
(動機2)マネーロンダリング
宗教法人の特性を悪用して不正資金を合法的な資産や収入に変換するプロセスが想定されます。マネーロンダリングは、不正に得た資金(例:詐欺、麻薬取引)を追跡困難にし、合法的な経済活動に見せかける行為です。寺院や神社が利用される理由は、宗教法人の税制優遇や財務の不透明性が、不正資金の隠蔽に適しているためです。
●具体的な手法
1. 偽装寄付金の活用
不正資金を「寄付金」として寺院や神社に注入し、宗教法人名義の銀行口座に預ける。宗教法人の寄付金は非課税であるため、税務当局の監視を回避しつつ資金を合法的に見せかける。
2. 収益事業の隠れ蓑
寺院や神社を宗教法人として維持しつつ、収益事業(例:宿泊施設、カフェ)を運営。不正資金を事業収入として混ぜ込み、税務申告で合法的な収益と偽装する。収益事業は通常の法人税が課されますが(約23.2%+地方税)、宗教活動収入と混同することで税負担を軽減。
3. 不動産取引を通じた資金洗浄
荒れた寺院や神社を安価で購入し、不正資金で修復や改装を実施。その後、高値で売却するか、賃貸物件として運用し、資金を合法的な不動産収入に変換。寺院の歴史的価値や立地を活用して価値を高める。
4. 資産移転による追跡回避
不正資金で寺院や神社を購入後、宗教法人名義の資産を海外の関連企業や個人に移転。宗教法人法第23条では重要財産の処分に通知義務がありますが、詳細な監視が難しいため、資金の流れを隠せる。
◎宗教法人の合併先や資産の移転先に何か条件・制約はないの?
合併先に関しては、他の宗教法人という条件がありますが、資産の移転先は他の宗教法人だけでなく、他の種類の組織(例:一般企業)に移転することが可能です。そこには個人・法人の区別もなければ、外資規制や国籍条項もありません。資産の移転先に関するこのようなルールが優遇税制の悪用やマネーロンダリング目的での買収の温床になっているような気がします。
◎このような不正を確実に防ぐことはできないのか?
宗教法人の税制優遇の悪用やマネーロンダリングを確実に防ぐことは、現行の法制度や監視体制では難しそうです。その理由は、以下の構造的・運用上の課題にあります。
1. 財務の不透明性
宗教法人法第25条では、資産目録や収支報告書の作成・公開が義務付けられていますが、詳細な区分(宗教活動収入と収益事業収入の明確な分離)が求められていないため、不正が見抜きにくいです。
2. 監視体制の限界
監督権限は都道府県知事や文部科学省にありますが、約18万の宗教法人を常時監査するのは人的・予算的に非現実的です。
3. 法執行の複雑さ
不正を立証するには、収益の使途や意図を明確に証明する必要があり、宗教活動と収益事業の境界が曖昧な場合、法的判断が困難です。宗教法人側が「宗教活動の一環」と主張すれば、税務当局が反証するのは容易ではありません。
4. 抜け道の存在
宗教法人の設立が比較的容易で(認証手続きは簡素)、解散後も資産を他者に移転可能であるため、新たな法人を設立して不正を繰り返すことが可能です。
◎国としてこのような不正を防ぐ努力はなされているのか?
●最近の対策とその限界
<規制強化>
2023年12月、「宗教法人による財産の処分等の規制に関する法律」(以下、新法)が成立し、資産移動の事前通知義務が課せられるようになりました(=事前チェックの強化)。
さらに、新法により、宗教法人の解散時に不適切な資産処分が行われた疑いがある場合、裁判所が選任する清算人や調査人が財産の流れを追跡・調査する仕組みが導入されました。また、新法では不正な資産隠しや虚偽報告に対して罰則(罰金や懲役)が設けられています。例えば、資産処分の事前通知を怠った場合や、虚偽の通知を行った場合には、50万円以下の罰金が科される可能性があります(新法第14条)。さらに、外為法違反や詐欺行為が絡む場合には、より重い刑事罰が適用されることもあります。
<限界>
これらは事後的な対応が中心で、事前発見は依然難しい。また、通知義務があっても、不正意図を隠せば監視をすり抜ける可能性があります。
●完全防止が難しい理由の考察
<宗教の自由とのバランス>
日本国憲法第20条で宗教の自由が保障されており、過度な監視は信教の自由を侵害する恐れがあります。このため、監査に慎重さが求められ、不正防止が後手に回ります。
<経済的インセンティブ>
非課税特典の経済的魅力は大きく、投資家がリスクを冒してでも悪用を試みる動機がなくなりません。
<国際的な要素>
外国人投資家が関与する場合、国境を越えた資産移動や法人の設立が追跡を複雑化させます。
宗教法人の税制優遇の不正やマネーロンダリングを確実に防ぐことは、財務透明性の欠如、監視体制の限界、法執行の難しさ、抜け道の存在から困難です。最近の規制強化で一定の抑止は期待できますが、完全防止は現実的でないと考えられます。
とはいえ、税の公平性、公正性の観点から、これら特定の組織や団体の行為を見過ごすべきではなく、また、これらの行為への取り締まりにコスト(税金)を割くべきでもなく、抜本的かつシンプルな解決策として、宗教法人への税制優遇を解消するということも一度議論のテーブルに上げてみても良いのではないかと考える。